津田大介さんは優しい。しかもポジティブで楽観的だ。なぜそこまで、と感じるまでに。津田さんの新著『ウェブで政治を動かす!』を読んであらためてそう思う。
本のタイトルは正確ではない。編集者が前のめりでつけたのか。作品紹介で津田さんを「ネット界の寵児」と評してしまうくらいだから。正しいタイトルは「あなたが政治を動かす」だ。第8章の題はずばりこれ。あとがきにも書いてある。「当事者になろう」が津田さんのメッセージ。ウェブは装置に過ぎない。僕なら「当事者意識をもたずに他人事で政治に文句ばかり言ってる奴はダメダメだ消えてしまえ」とつぶやくだろう。津田さんは優しいのでそんな風には言わない。
本の内容を一言でいえば、政治とウェブの『ホール・アース・カタログ』だ。
スティーブ・ジョブズが崇拝したスチュアート・ブランドは、ベトナム戦争や公民権運動に揺れる60年代のアメリカの若者のために、自立して生きるのに役立ちそうなさまざまな知識やノウハウを『ホール・アース・カタログ』という雑誌に網羅して届けた。同じように津田さんは、なんとなく政治と距離を置いている人々、政治に近づきたいと思いつつ方法がわからずに悩んでいる人々が一歩を踏み出すために役立つさまざまなアイデアやノウハウ、事例を紹介している。
どうなのかなあと感じる部分も正直なくはない。デモの章では昨年8月のイギリス暴動に触れているが、ソーシャルメディアが暴徒の媒介となり暴力を拡散させたことは書かれていない。今まさにイスラエルとハマスが戦闘をツイッター上で繰り広げているように、ソーシャルは憎悪や対立を不毛に煽る人々にも「公平に」資する。常に弱者や被支配者が政治的な自由を獲得するために機能するわけではない。
橋下徹氏についてはマスメディアの偏向を問う文脈で氏がツイッターを駆使する手法が語られているが、ポピュリズムを助長する可能性は考察されていない。フォロワーの数で参院全国比例区での当選可能性を考えた箇所もあるが、フォロワーは支持者と同義ではないし、むしろリツイートやお気に入り登録によって支持層が広がり、票に結びつくのが理想形な気もする。いずれにしても、政治とソーシャルメディアの関係について僕はそこまでポジティブで楽観的にはなれない。
とはいえ、津田さんが本の中で提示する、ネットを通じて政治の機能を変えるさまざまなコンセプトやアイデア、スキームやシステムは、そうしたシニシズムを粉砕する説得力とパワー感をもっている。
従来のメディアと補完し合うマイクロジャーナリズムとしてのツイッター。東浩紀氏が『一般意志2.0』で示した「激安の機能制限版普及型政治参加パッケージ」としてのソーシャルメディア。組織票や資金源に頼らずとも候補者が理念や能力を広くアピールできるネット選挙。行政事業レビューに象徴されるオープン・ガバメント。
とくに終章「ガバメント2.0が実現する社会へ」と「『おわり』に代えて」で紹介される数々の事例やコンセプトは、国内の状況はある程度把握している読者にとっても刺激的だろう。
市民が行政に対案を示せるイギリスの「You Choose」。財政難に苦しむカリフォルニア州のさまざまなソーシャル活用策。米疾病予防管理センターにも採用されている政策シミュレーションゲーム。トライ・アンド・エラー革命。政治のクラウド化。「キャラクラシー」など実践的なネット民主主義…。こうしたものが日本の政府で、あるいは自分の住む町で実現したらどんな変化が起きるだろうと、わくわくした感情を抱かずにはいられない。
こうした紹介例が新鮮なのは、政治を特定階層への属人性から解放するという側面をもっているからでもある。マスコミは政局ばかり報道してけしからんと僕も頻繁に言うが、それは政治の動きを『小説吉田学校』のごとき人間ドラマとしてとらえる自分自身や世の中のメンタリティーにも根差している。
本書が未来図として描いているように、情報が公開され、プロセスが透明化されたオープンなガバメントで合理性が基準として政策が選別され抽出されるようになれば、特定の政治的人物がドラマ的にうごめく状況はおのずと排除される。政治家という単語は政治を生業とする者ではなく、政治に参加するものと定義され、つまり政治家とは「かれら」ではなく「あなた」であり「わたし」になる。
それは裏を返せば、議会や行政府のパフォーマンスの低さを政治家や役人のせいにできなくなるということだ。何の建設的な批判や対案もないまま議員や官僚をただひたすら罵るクソブログや、びっくりマーク付きの呼び捨てで総理は辞めろと連呼する呪詛のようなクソツイートが意味をもたなくなる。精神衛生上も非常に好ましい。
野田総理がサプライズ解散を宣言する前日にこの本が発売されたというのは、偶然とは言え何かの運命を感じさせずにはおかない。津田さんはやはり「もってる」のか。あるいはポジティブさと楽観主義の賜物か。経済学者にして歴史学者のデービッド・S・ランデスもこう言っている。
「最後は、楽観主義者が勝つ。それは彼らがつねに正しいからではない。それは彼らが前向きだからです。間違った時でも、彼らは前向きである。それのみが、間違いを正し、改善し、成功を手にする道なのである」(『「強国」論——富と覇権(パワー)の世界史』The Wealth and Poverty of Nations: Why Some are So Rich and Some So Poor by David S. Landes/W. W. Norton, 1998)
政治は動かせる。楽観主義ならきっとできる。『ホール・アース・カタログ』に啓発されたスティーブ・ジョブズのように——。少なくともそう期待したくなる本だ。
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