フランスと言えば原発、原発と言えばフランス。ということで、月曜日は選挙の取材はお休みして原発の話。AFP通信の元編集幹部で、現在はNewsteamという独立系の報道サイトの運営をしながら、大統領選の候補者のエネルギー政策を比較するサイトを運営したり、福島の事故を踏まえて昨年10月に「Peut-on Sortir du Nucleaire?(私たちに脱原発は可能か?)」 という共著書を刊行するなど、原発とエネルギー政策の問題を中心にジャーナリスト活動を行っているイブ・ド・サン・ジャコブ氏 Yves de Saint Jacob に話を聞いてきた。
(上左:イブ・ド・サン・ジャコブ氏、上右:ジャコブ氏の著書『私たちに原発は可能か?』)
フランスの原発の歴史は、70年代、中東のゴタゴタと石油危機に危機感をもったジスカールデスタン政権が原発推進策を掲げたことに始まる。最初からエネルギー安全保障を強く意識していたことになる。ドゴール主義の延長として、核保有にこだわったことも少なからず影響したかもしれない。今回の他の取材でも感じたことだが、フランスにはある種の「大国コンプレックス」がドゴール時代から一貫してビルトインされており、それが軍事から政治からEU政策から原発まであらゆることに作用しているようにも感じる。
そんなこんなで原発は一貫して増え続け、現在は計58基。世界ではアメリカの104基に次いで多く、日本の54基を上回るが、人口比(米:3億1000万、仏:6300万、日:1億2600万)でみるとべらぼうに多い。東京電力福島第一の事故後に日本でも有名になったように、原子力関連の総合企業であるアレバを中心に、原発は国の基幹産業の一つにもなっている。
——— 福島の事故はフランスでどのように受け止められたのか。
ジャコブ 「フランス人が非常にショックを受けたことは確かだ。原発に関する議論を巻き起こし、9月か10月くらいまではそれが続いた。けれど、時が経つにつれて記憶も薄れ、欧州の経済危機で消費や雇用の問題に関心が移った。あと、政党と政治家がおしなべて原発に好意的であることも大きい」
——— どの政党も?
「緑の党以外の政党は、共産党も含めてすべて原発推進の立場だ。ただし、すべてのフランス国民が原発には危険が一切ないと考えているわけではない。とくに事故よりも核廃棄物について心配している」
——— 日本では一部の報道で、大統領選でリードする社会党のオランド候補が「原発を順に廃炉にしていって現在の58基から24基に減らし、2025年までに電力の原発依存度を(現在の75%から)50%に減らす」と公約している、と報じられているが(参照)。
「ちょっと誤解がある。オランドが公約しているのは、原発の依存度を75%から50%に減らすという部分だけ。オランドが廃炉を確約しているのは(老朽化で問題になっている)アルザス地方のフッセンハイム原発1基だけだ」
——— 24基に減らすというのは?
「それは選挙協力を取りつけるため、社会党が党として昨年11月に緑の党と合意した内容にすぎない。オランドは原発に関して「自分の公約」と繰り返しており、社会党が行った合意は大統領候補の公約ではないので注意が必要だ」
大統領選の投票が近づくにつれて、原発は妙な形で話題となった。パリに住む日本人によると、数週間ほど前、テレビのニュースで突然、オランドが「フクシマ」と言うのが聞こえた。何事かと思ったら、オランドが「サルコジは福島に行ったと言っているが、実際には行っていない!」と批判しているのだった。
日本でも今週に入って報じられたようだが、3月の終わりに行った演説で、サルコジが「自分は福島に行った」と語ったことを指している。オランドがフッセンハイム原発を閉鎖すると公約していることへの批判で、自分は福島を視察したからオランドよりずっと原発についてわかっている、と言いたかったらしい。もちろん、実際にはサルコジは東京に数時間いただけなので、ウソがばれて野党からこてんぱんに叩かれている。
こんな動機で福島を使われるのも迷惑だが、この時の演説でサルコジが、「フッセンハイムはフクシマとは違う。フクシマは津波でああなった。アルザスのどこに海がある?」と語り、聴衆からドッと笑い声が沸く、という場面があった(動画)。フッセンハイムも含めてフランスの原発の多くは河川沿いにあり、津波や地震の心配はほとんどなくても河川の氾濫や洪水が弱点となっている。ジャコブ氏も指摘していたが、実際、1999年にはボルドー近くのブライ原発が豪雨で浸水し、電気系統が故障してあわや住民避難というレベル2の事故になった。笑い事ではないのである。
ジャコブ 「社会党と緑の党の合意には、ラアーグの再処理施設(注:世界中の原発の軽水炉から出る廃棄物のおよそ半分を受け入れている)の閉鎖が含まれていた。合意が発表されると、オランドは数時間もしないうちに「ラアーグは閉鎖できない」と発言した」
——— なぜ?
「ラアーグを閉鎖したら、アレバの存在が終わってしまうからだ。再処理の研究も止まってしまう。ラアーグだけの問題でもなく、国内各地の多くの関連施設に影響する。オランドが原発に関して言っている唯一のことは、フッセンハイムを5年以内に閉鎖するということだけだ」
——— フランスでドイツのような脱原発の動きが起きないのはどうしてでしょう。
「一つには、緑の党の力の強さが違う。ドイツでは与党の一角になることもあるが、フランスではそうした政治的な影響力はない。フランスの特徴は、共産党も組合員で構成されているので雇用を守るために原発に賛成していることだ。メランション自身は反原発の立場だが、緑の党の支持率が2〜3%しかないので、プレゼントを上げる必要はないと考えている」
「フッセンハイムがあるアルザス地方ではすでに発電所の閉鎖を懸念する声が出ている。廃炉にする際に新たな雇用が生まれるのでは、といった記事まで地元の新聞にはすでに載っている」
「ドイツの原発依存度は25%だがフランスは75%なので、すぐに脱原発というのは難しい。EDF、アレバ、関連会社で合計40万人が働いており、雇用への影響も看過できない。ドイツより40%安い電力料金で企業も恩恵を受けている。再生可能エネルギーへの移行には時間がかかるので、ガスを輸入しないといけなくなるが、そうでなくてもフランスのガスと石油の輸入額は2002年の220億ユーロから2011年は600億ユーロに増えている」
——— 日本では、まさにそうした経済面での依存が恣意的な原発行政を暗黙のうちに正当化させ、それが安全性を軽視させ、結果的に福島の事故をもたらしたとみなされている面があります。フランスの人々は、雇用や企業活動を守ろうとするあまり、電力会社や政府が安全性を軽視しているのではないか、と疑ったりしないのでしょうか。
「(一瞬考えてから)安全管理を統括するASN(原子力安全局)は政府から独立した組織で、意思決定を行うメンバーの任期は1期限り。ASNの決定には、EDFは必ず従わなくてはならないと定められている。情報公開も徹底しており、原発に関する報告書はすべて公開される。完全無欠ではないが、ASNはフランス人から尊敬されており、人々はASNを信じている」
「原発の是非は大統領選でもまったく議論になっていない。そうした意味では、原発ではフランスでは信頼されていると言える」
フランスの原発でトラブルがまったく起きていないわけではない。4月の初めにも、北西部のパンリー原発で火災が発生し、放射性物質を含む冷却水が漏れていたことが判明した(INES暫定評価でレベル1)。とくに昨年9月、マルセーユにも近い南部のマルクール原子力施設の低レベル放射性廃棄物処理・調整センターで爆発が起き、1人が死亡した際は、原発に対する懸念が高まったという。
EDF(フランス電力公社)は福島の事故を受けて、全原発でストレステストを行ったほか、24時間態勢で事故の処置に当たる専門チーム「FARN」を発足させ、300人を従事させているという。福島第一を教訓に、非常用電源や冷却水を高台に新たに設置する対応も行った。
——— 福島の事故後、フランスのメディアはどのような報道を行ったのか。
「福島の事故の事実は詳細に伝えたが、だからフランスも脱原発を考えるべきだという論調で伝えたところはない。ただ最近、事故から1年目の前後に福島の汚染地域に関するルポルタージュが多く流されて、専門家の間でももう一度原発について考えようという動きはある。EDF(フランス電力公社)の幹部が「原子炉から30キロ圏内に住んでいる人々が住めなくなるような事態は到底受け入れがたい」と発言しているのも聞いた」
——— EDFの幹部が?
「ええ。だから安全により一層手を尽くさなくてはいけないという考え方だ。福島のような事故がフランスでは絶対に起きないと考えているわけではない。フランスには、考えられないことを考えろ Pen sez a impensable ということわざもある。大地震はないかもしれないが、ボルドーの事故のように洪水の危険はある。昨今の温暖化もあるので常にリスクは考えなくてはいけない」
「この間会った政府の専門家は、原子力産業は長期的視点で考えなければいけないと言っていた。5年ごとの大統領選で争点になって、右へ行ったり左へ行ったりするので非常に危険だと。原子炉を作ると一旦決めたあとにころころ変わるのは危険だと」
ジャコブ氏が最近会ったアレバ社の幹部によると、福島の事故後、アレバには、安全性が格段に高いとされる第3世代原子炉のEPR(欧州加圧型軽水炉)をはじめ、点検、補強、管理システム、再処理まで、ありとあらゆる分野で世界中から発注が殺到しているという。
右から左まで与党とほとんどの野党が原発に賛成し、安定した雇用と安価な電力料金を保証し、基幹産業として飛び抜けた国際競争力を誇り、日本とは異なる厳格で独立性の高い安全監視システムがあると自負し、福島の事故を教訓として安全管理体制をさらに徹底した。東京電力の事故を「地震大国で起きたリスク軽視による人為的な事故」と定義すれば、そうした今のフランスの状況で脱原発を言い出すほうがどうかしているかもしれない。
少なくとも私は、フランスの人にそれ以上の何かを問いかける言葉をもっていない。
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